4 ジャガイモ畑

 1946年(昭和21年)5月、畑仕事が始まった。

 昆布漁がなくなり、ソ連の命令で舟も焼かれた今、家族の主な仕事は農作業になった。

 裏の野菜畑、1段上がった所のジャガイモ畑を耕し、昨年と同様のものを植え、種をまいた。

 一冬越してみて、ジャガイモの収量を増やすことが大事だということが分かった。

 米を節約するため、これまでのように主食としてのジャガイモが大事だというだけではない。

 ロシア人が物々交換で欲しがるのは、圧倒的にジャガイモが多かったからだ。

 どうにかしてジャガイモの収量を上げることができれば、暮し向きがぐっと上向くことは確実だった。

 「浜、こんなに広いんだから、ここにジャガイモができたらいいよねえ」

 畑の仕事のめどが立ったころ、ハレが言った。夕飯時のことだ。

 「砂に植えるなんてやった事がない。育つわけがない」

 吉五郎が反対した。

 「いや、案外うまくいくかも。試してみていいんじゃないかね」

 はなが賛成し、良雄たちも同意見だった。

 「じゃあ、浜の半分だけやってみろ」

 吉五郎も折れた。

 翌日から、目の前の浜に畑を作り、種芋を植え始めた。

 早朝叩き起こされ、砂地に畝を作っては植えていく。兄たち3人が工場に行った後も吉五郎・はな・ハレ・潔の4人で働いた。

 大活躍したのが、潔が乗るシロだ。

 飼っていた馬のうち2頭は、伸義と克義が乗って工場に通った。良雄は乗馬ができず、誰かの後ろか、別の人が通う馬車に乗せてもらっていた。もっとも大人しく、力の強いシロが家に残され、潔はそれを使って農作業ができた。

 潔ははなに命じられるままに、シロに箱を繋ぎ、浜辺に行っては打ち上げられ腐りかけた昆布を乗せ、それをシロに引かせて運び、浜全体に広げた。浜辺から畑にした浜に上がるには砂地の急坂を上らなければならない。力の強いシロでなければできない仕事だった。

 「これで大きくなってくれないかねえ」

 はなは浜を見渡して言った。

 ジャガイモの苗はどんどん太く、大きくなった。土の畑のジャガイモよりも明らかに生育のスピードが早かった。

 ただ、上の育ちが良くても、下の出来がいいかどうかは別問題だ。みんな期待半分、不安半分で見守った。

 7月末ごろ、収穫の時期には少し早いが、1本だけ掘ってみることにした。

 潔が茎を引き抜いてから砂を掘り返す。

 出てきたのは大人の拳ほどもある大きなイモだ。そしてそれが10個以上もできていた。

 「やったあ」

 潔とハレが叫ぶ。

 「ほらね」

 はなが微笑んだ。

 礼文磯のジャガイモは、通常の収穫は9月に入ってからだったが、浜のジャガイモは1カ月以上早く収穫が可能になった。

 砂だから掘り返すのも楽だし出来もよい。

 結局、昨年までの2倍以上のジャガイモが収穫できた。

 イモは小屋の裏側に掘ってあった防空壕に入れた。

 大人数人が入れる大きさだったが、そこが半分ぐらいまでジャガイモで埋まった。

 8月のある日、潔と喜充、正策の3人は、真木家の浜の端にある舟着き場で泳いで遊んでいた。潮が引いて辺りが遠浅になっても舟を出せるようにしてある舟着き場は、子どもが泳げるだけの深さがあった。

 「あれ、あれ何だ」

 海の方を向いて、正策が指さした。

 何かがこっちに向かってきていた。

 「ネズミだ」

 喜充が叫んだ。

 「あっちにもいるぞ」

 潔も別な方を指さした。

 海の方から、20センチぐらいのネズミが、20匹、30匹と、まとまって泳いできていた。

 「ネズミだ、海からネズミが来たー」

 3人は濡れた格好のまま浜に上がり、みんなに教えに駆けだした。

 村道の所まで上がって振り向くと、黒い波が礼文磯に押し寄せてくるのが見えた。

 何百匹、何千匹というネズミが浜に上陸しようとしてきた。

 ネズミとの戦いが始まった。

 収穫できる畑の作物は、真っ先に収穫して家の中の室や防空壕などに入れた。真木家の防空壕はジャガイモの貯蔵庫になっていたが、ジャガイモの上にネギを大量に乗せておくと、ネズミは入ってこなかった。

 しかし、近くの家々に大量のネズミが入ってきて荒らし回った。置いてある野菜、干した魚、俵に入った米など、用心しても夜のうちに食い荒らされた。

 ある家ではネズミが入ると入り口が閉まる金属製のネズミ捕りを二つ持っていたが、ひっきりなしにネズミが引っかかるため、一睡もできずに朝を迎えた。

 「おい、お前たち。ネズミを退治しろ」

 潔たち3人組は大人たちに命じられた。

 3人がまずしたのは石をぶつけることだった。

 浜でも磯でも、木や岩の陰があると、どこでも数十匹のネズミがひしめいていた。そこに石を投げると、1回で数匹のネズミを倒すことができた。

 しかし、ずっと石を投げ続けるのも楽ではない。3人は数日で飽きてしまった。

 次にしたのは、モリで突くことだ。浜に転がってある木や、燃やされた舟の残骸の陰をモリで突くと何匹ものネズミが出てきた。また家の裏の崖に穴を掘って巣を作るが、それほど深くは掘れないため、穴を突くとここでもネズミがとれた。それでもまだたくさんいる。

 「何かいい方法はないかなあ」

 そんなこと話していると、ちょうど山から下りて来ていた喜充の父・豊三郎が、どこからかネズミ捕りの作り方を教わってきた。

 まず畑の中に樽を埋めて、それに水を張る。その樽の上に木の箱をかぶせるが、箱の板の一部が針金を中心にクルクルと回るような仕掛けにする。その板の上にエサをくっつけておく。畑に来たネズミは、そのエサを食べようと板に乗る、とその板がネズミの重みで1回転。ネズミは下の樽の水に落ち、おぼれて死ぬ、という寸法だ。このやり方は近所にあっという間に広がった。どこの家でもその仕掛けを家の周りや畑に設けた。

 これは効果があった。一晩に150匹も取ることができた。

 ネズミ捕りの効果と、広い範囲にネズミが散らばっていったことで、被害は徐々に減っていった。しかし、夏以前とは比べものにならない数のネズミが、その後も礼文磯にはびこった。冬を越えるとやっと下火になっていった。

 ▼第3章抑留 5「釣りと狩り」に続く

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