8 雪と氷

 10月いっぱいかかって昆布の出荷が終わり11月に入ると、吉五郎は土間の片隅に積んであった俵を引っ張り出した。米などが入っていたものを1年間、とっておいたものだ。

 それを丁寧にほぐしていくと一山の藁になった。

 次は克義と潔の仕事だ。

 学校に行く前と帰って来た時、毎日決まった分だけの藁を、切り株の上で棒で丁寧にたたく。

 そうして柔らかくなった藁を使って、吉五郎は毎日、土間横の板敷きのところで全員分の雪道用の長靴を編み始めた。国後では米はとれないため稲藁は貴重品だ。1年分の俵をため、作業用の縄や冬の支度に使うのだ。

 まず、細い縄で楕円を作り、内側を編み込んで靴底にした。それを底から編み上げて長靴にする。藁を柔らかくすればするほど手間がかかるが仕上がりは良くなる。

 昼に作業して片方作るのに1日。一つ出来上がるごとに土間に並べていく。自分の分、はな、良雄、伸義、克義と、吉五郎は年長用から作っていった。

 手先が器用な上に、岩手で若い頃にたくさん編んだ吉五郎の長靴は、礼文磯の他の家で編まれたものとは全然違った。目が細かく、カーブの部分も含め堅くしっかりと編まれ、雪が入ってくることがなかった。

 「オレの長靴、できたかな」

 自分の順番の日、潔は学校から家に走って帰って来た。戸を開けると、土間に7番目の長靴があった。履いてみるとピッタリだ。

 潔はしばらく土間を歩いていたが、堪えられずに外に出てみた。

 「こらっ、まだ雪も降ってないのに。壊れたらどうする」

 吉五郎からどやされるまで、浜を歩きまわった。

 翌日、ハマ子のものまで、少しずつ小さくなっていく長靴が8足、最後は土間にカラリと並んだ。

 数日後、ひょうがやってきた。

国後島留夜別村・乳呑路国民学校から望む爺爺岳=公益社団法人千島歯舞諸島居住者連盟「戦前の北方四島写真収録集」より

 爺爺岳は10月には冠雪している。夕方、その爺爺岳からの北風に乗って雲が広がったかと思うと、バラバラバラバラ、と指の先ほどの雹が落ちてきた。

 「ああ、今年も来たねえ」

 窓から空を見上げて、ハレがうんざり顏で言った。

 それから少し経った11月の末、北東からの風が強くなると一気に雪になった。

 「ほら、雪が積もってるよ」

 朝、潔がはなに起こされると、窓ガラスから見える浜は一面真っ白になっていた。

 雪が降ったと、長靴をはいてはしゃぐのはその日ぐらいなものだ。

 さらにしばらくすると、吹雪が始まった。

 爺爺岳から吹き下ろす強い北風にあおられた雪が谷を埋め、家は北側から雪に埋もれていった。

 雪が降る前、小屋の周りは吉五郎が念入りに雪囲いをした。しかしバラックのような小屋だ。軒や壁、床下の隙間などあらゆるところから雪が吹き込んできた。

 朝起きてみると、布団の上にうっすらと雪が積もっていることも普通だった。

 男兄弟たちは、敷布団1枚・掛布団1枚に2人で寝る。上はシャツ、下はズボン下姿。寒さが厳しいときはストーブの上に乗せた石にボロ布を巻いて布団に入れた。

 夜、最後にストーブ一杯に薪を入れて布団に入るが、余程寒い時でなければ、夜中に起きて薪を追加することはない。すると夜のうちに火は消えてしまう。

 朝、ストーブに火を起こすのは克義や潔の仕事だ。2人は夜のうちに薪を鉈で少し削って燃えやすい削りかすを作っておき、朝になるとそれを使って火を起こした。

 雪が積もるのを最も嫌うのはハレだった。夏と同様、朝におしめを洗わないと学校に行けなかったからだ。バケツにお湯を入れ、小屋の裏で石鹸で汚れを落としてから、兄たちに雪を階段状にしてもらった坂を下り、川の橋の上でおしめをすすぐ。氷点下10度より寒い中だ。衣類は洗うそばから凍っていった。ハレはお湯の入ったバケツを横に置き、凍ったのをとかしてから絞り、家に持って帰って干した。冷たくて痛くて、泣きたくなるのもしばしばだった。

 辺り一面が雪に覆われると、潔はスキーで学校に通った。

 家にはスキーが2揃いあった。本家の船大工が作ったものだ。潔は5歳ぐらいからスキーを履いていたため、小学校に入るころには何不自由なく操れるようになっていた。

 学校へは本来、小さな橋を渡って本家の敷地に入り、屋敷と庭の間を通って村道に出て、橋を渡って少し坂を登り、学校の正門から入るのだが、雪が降るとすべてが白い雪の丘になる。

 潔はそこを学校まで真っ直ぐ、スキーで歩いて行った。風が吹くたび、丘はまっさらのゲレンデになる。朝、だれも通っていない白い丘に、最初にスキーの跡をつけていくのが、潔の楽しみだった。行きはやや上りで歩いていくが、帰りは下りだ。一気に滑り降りるのは爽快だった。

 学校に着くと、校舎内に溜まった雪を外に出すところから始まる。吹雪の後などは中に数10センチも雪が積もっていることもあり、掻き出すだけで午前中が終わることもあった。

 海は12月になると氷が浮いてくる。1月には流氷が押し寄せるため、定期船は来なくなり、春まで行き来ができなくなる。

 流氷は、1月のある日、突然沖合に白い帯となって現れる。

 最初はどれも平らな氷だが、浜に近づいてくると氷同士がぶつかり、また氷の上に氷が乗るなどして、一つの氷がどんどん大きく、盛り上がってくる。沖にある時は音もしないが、浜に達するころになるとガシャンガシャンと氷同士がぶつかる音が聞こえて来る。

 最後には、シャーベット状になった海の水と合わさり、徐々に1枚の板のようになる。

 寒さがもっとも厳しい1月下旬から2月には、礼文磯の海はどこまでも歩いていける氷原になった。

 たまにトッカリ(アザラシ)が寝そべったりしているが、他には何もない真っ平らな白い世界だ。潔は友だちと遊びに行ったりもするが、トッカリは素早くて、人が来るとどこかの穴から氷の下に逃げてしまうのだった。

 冬の間、食べ物はそれぞれが保存してあるものを食べていく。

 米・麦・豆や調味料は秋にまとめて買い、土間など小屋の中に積んである。サケ・マスは天井に干したり、樽に塩漬けされている。他の魚は干して居間の天井裏に置く。

 ジャガイモ、大根、人参などの野菜は、雪が降る前に収穫し、畑に穴を掘って保存したり、大根などは薄く切って軒先に乾かしておく。これらを少しずつ食いつぶしていく。

 川を遡上するサケはギリギリ11月末ぐらいまで取ることができた。雪が降るとその雪を大きな木の箱に詰めて小屋の中の土間に置いて、その中に生のオスのサケを入れる。雪はそのまま氷になり、天然の冷凍庫になる。シーズン最後のサケで10本ぐらいしか入らないが、冬の間はこのサケが、唯一の生魚となった。

 12月下旬の昼、潔は克義や伸義ら数人で浜で遊んでいた。

 吉五郎とはなは正装で近所の家に行っていた。結婚の披露宴があったのだ。

 その家の長男に、数日前に赤紙が届いた。そしてすぐ、どこかの女性との結婚が決まったのだった。

 近所の人を招いて家で宴会が行われた。

 子どもたちはどこでも留守番だが、大人がお祭り騒ぎをしているのに静かにしているわけがない。伸義、克義、潔の真木家3人に、近くの子どもも入って、浜で遊び始めたのだった。

 真木家の浜の船着場に小さな船ぐらいの氷が浮かんでいた。

 「あれに乗って遊ぼうぜ」

 誰からともなく言い出した。氷に乗っては長い棒で辺りを突いてバランスをとる。全員は乗れないので2人ぐらいずつ交代で乗った。

 潔が乗っていると近くにもう少し小さい氷が寄ってきた。それを引き寄せようと棒で氷を突いた。と、小さな氷がクルリと回り潔の体勢が崩れた。

 「あっ」

 みんなの目の前で潔は頭から水の中に落ちた。

 潔は天と地が逆さまになり、そしてゆっくりと真っ黒い水に向かって落ちていく自分がわかった。そして水の中に入った瞬間、目の前は真っ暗になった。

 気がつくと潔は浜に上げられていた。克義や伸義がすぐ引き上げたのだった。

 寒い。全身ずぶ濡れで歯がガチガチいっている。潔は小屋に一目散に走った。

 「どうした、潔」

 小屋に駆け込むと、留守番をしていたハレが驚いた。

 潔は何も言わず近くにあった服を引っ張り、全部着替えた。伸義と克義はバツが悪そうにしている。

 「子どもにも振る舞いがあるって」

 ストーブで身体を暖めていると、宴会をしている家の子が言いに来た。

 それっとみんな駆け出した。伸義や克義も我先にと行く。潔もそれを追いかけた。

 家に入ると、子どもたちに紅白の餅が振舞われていた。

 「潔、ちょっと来い」

 並ぼうとする潔にはなが声をかけた。

 潔はゆっくりとはなの所に行った。

 「潔、何でこんな服を着ている」

 はなが尋ねる。

 もじもじしていると、はなは潔の頭に触った。

 「髪、濡れてるじゃないか。何した」

 「浜で遊んでて、氷に乗って…」

 「海に落ちたんだな。誰がいた」

 「ノブあんちゃとカツあんちゃ」

 「こらノブっ、カツっ」

 はなが叫んだ時にはもう、伸義も克義も餅をもって外に逃げ出していた。

▼第1章礼文磯 9「年越し」に続く

▼連載第1回 プロローグ「さらば茶々山」へ

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